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不眠症で睡眠外来まで考えていたことがある。

40代が近づいてきて深刻な悩みが出来てしまいました。

それが不眠です。

20代のころは夜はどこでも寝れるということが自慢なほど睡眠に関してはなにも問題もなかったのですが、ある日を境に不眠症になってしまったのです。
「なんで急に?」
と思った私は、ネットで不眠の原因について色々調べてみましたがこれといった体の原因は特定できませんでしたが
「もしやこれか?」
と思い当たったのが、心因性ものです。
心因性は極度なストレスを感じたりすると寝れなくなるようで…

極度なストレスを感じること…と我を振り返った時に真っ先に思いついたのが仕事のことでした。

職場で役職が就いたのですが、それから部下と上司の間で常に板挟みの状態で心身共に疲弊していたのです。

職場でのストレスが原因で不眠になってしまうなんて本当に情けない話ですが、今はなるべくストレスを感じないように努力をしています。そのためにも睡眠の改善を図らなくてはといろいろと試しています。

アロマを買ったりサプリメントを買ったりといろいろ試して見たんですが、なかなか自分にあうものが見つからずかなり苦労をしていました。最終的には睡眠外来を受けにいこうと考えていたのですが、結局は他の方法で改善することができたのです。

たまたま調べていたら出てきたのですがすごく参考になりました。

そのサイトは⇒こちらです。

ぜひ参考にしてみて実践してみるとよく眠ることができるかもしれませんね。

中間管理職って本当に大変なんだんと感じているアラフォーおじさんのつぶやきでした…

板取川で渓流釣りに!ついでにモネの池に行ってきた。

今日は休みだったので岐阜県関市にある板取川まで行って渓流釣に行ってきました。

朝8時頃自宅をでて高速を使って約1時間30分ぐらい到着!

板取川はアユやアマゴ、イワナが釣れる川だけあってやっぱり水は綺麗ですね。

10時頃から釣りを開始!

 

んーなかなか釣れない…

 

30分ぐらい竿をあげさげしていたら根がかりに…

 

車に戻って再び仕掛けを作りに行きました。たまたまあった釣り人仲間と雑談を、そしたら下流は釣れるよとのアドバイスをもらったのでそのまま下流へ!

 

再びスタートしたものの全く釣れず…

 

周りの釣り人はけっこう釣れているのになー

 

結局4時間ぐらいやってみたもののボウズだったので、せっかく関市に来たので観光してみようと検索をしたら一時期ブームになったモネの池が近いということで行ってみることに!

行ってみたものの人が多い!一時のブームじゃなくまだ続いているんだ!!

 

一応近くまで行って見て、池をパシャリ!

まったくモネの池にならない…

まーでもこんなものかと思いながら、近くを一周してき帰宅しました。

 

それにしてもモネの池人がすごかったな。駐車場なんかは警備員がいるほどでしたから!!

 

でも、これもひとつの記念にはなったかな。

 

今回の板取はボウズだったので次回いつかまたリベンジしたいと思います。

入社して10年目の頃に水虫になりました。

以前は、営業をしていたので外回りが多く大変な毎日を過ごしていたときに水虫になりました。

入社して10年目の頃に足指の間から水虫になり、足の裏まで広がってしました。

 

発症したのは、冬場の年末の追い込みの時でした。毎日家に帰ってくるのは10時とか11時になる毎日で、お風呂はシャワーでさっと浴びる程度ですぐに寝るという生活を続けていました。

まさか自分が水虫になると夢にも思っていなかったので、シャワーで汗を流すだけの日も続いていたときに、足がちょっと痒くて、皮が剥けるなと思っていた時に発症したと思います。

 

そこからは、完全に治るまで4ヶ月程度はかかりました。最初は、薬局で水虫の薬を買って使っていましたが、なかなか改善することはありませんでした。周りの人に言わずに治すことができればと思っていましたがなかなかうまくはいきません。

 

そこで、名古屋市水虫で調べて、見つけた近くの病院に行くことに、病院では2週間に1回は液体窒素で焼いたりするので、結構痛みがあります。薬もステロイドの強い薬を1日数回塗らないといけないので、会社でも結構大変です。痒さで集中できないこともあったりするので、早く治すことをおすすめします。

 

何より気にしてしまうのが、人に移してしまうのではないかと思うことです。その時に付き合っていた彼女はお風呂のあとをすごく気にさせてしまいました。その時に申し訳ないなと思い、より早く治さないとと思いました。お風呂上がりの濡れていると一番いけないので、ドライヤーで乾燥をさせたり、皮が剥けているところを取ったりすることが大切です。お風呂で軽石で削ったりすることが大切です。

 

徐々に皮の剥ける量や痒みも減っていきいつの間にか治ってるという感じでした。

 

そこからは、足の裏をものすごく気にして洗うようになりましたし、疲れていても必ず足は洗うようになりました。足を清潔に保つようになりましたので、足の臭いもしなくなってきたので、良い経験ができたと思います。

清潔にしないと水虫になってしまうので、今後も気をつけていきたいと思います。

両親の老後とどう向き合って行くべきかっ!

釣りばかりしている道楽な私ですが最近こんなことを考える…

私も40歳を超え、両親も70歳過ぎになってきた。
まだ両親ともボケてはいないのですが、もしボケたらどうしていいのかそんなことを不安に思うことがあります。
姉が嫁いだ家の本家ではお義父さんはもう死んでしまったのですが、お義母さんがボケてしまい結局、介護施設に入れることに…姉は次男の嫁だったので、当事者ではなかったのですが聞いただけでも悲惨な話であると思いました。

 

義理のお兄さんは3人兄弟で男2人、女1人の3人兄弟だったのですが、長男はもちろんのこと他の2人も結局、ボケた母を引き取るとは言い出しませんでした。
確かにボケた老人の世話は想像を絶する、身内でも非常に大変なものなのですがそれにしてもみんな、自分の親に対して結局は薄情で自分の生活が一番大事なのであると認識しました。
私の父がちょうど1年前に、昏睡状態に陥り救急車を初めて呼ぶ事態となったのですが、そのときの経験からすると父がボケたらもの凄く大変であり、とても家族だけでは世話はできないと思いました。

私の母は父の母、つまり私のおばあちゃんがボケた時も血が繋がらないにもかかわらず嫁というだけで死ぬまで面倒を見たのです。

 

ですが悲惨で見ていられませんでしたし、自分の奥さんになる人にはそんなつらいことをさせたくないのですが、私も結婚したいですし悩みはつきませんっ!。

 

そんなことをふいに不安に思うことがあるのですが、まずは親を安心させるために結婚をしないとと考えるわけでもあります。けれど、40歳近くになってくるとなかなか出会いもなくなり、恋愛という縁遠くなったものさえめんどくさくなってしまっています。

 

釣りばかりではなく将来のことをもっと神経に考えなければと思う今日このごろです…

椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛

私は川崎市在住で当時はほんとに辛い思いをしていました。

 

もともと腰痛持ちの私…いつも腰をかばいながら仕事をしていて、とくにデスクワークを長時間しているとどうしても腰が痛くなったしまって辛い日々を過ごしていました。

だましだまし痛さを堪えていたんですが、椎間板ヘルニア発症時に坐骨神経痛が症状としてあらわれました。辛いのは、痛みが1箇所でないことと何をしていても断続的に痛みがとれないということ。
1箇所ではない、というのは、坐骨神経痛の場合原因は坐骨神経にあっても痛みがでるのはそこから下肢にかけて広範囲におよび、痛みと痺れ、それから感覚の麻痺があるということです。
痛みの種類もなんとも言い表しがたく、つーん、というかビリビリというか、医師に説明するのも難しかったです。

もうひとつ、何をしていても痛かった、というのが本当に辛かったです。

楽な姿勢を取っていいですよと言われても楽な姿勢がない。座っていても立っていても横になっていてもかがんでもとにかく痛かったです。

もちろん歩けません。

着替えるのも一苦労で、靴下は履けませんでした。お風呂、トイレ、何から何まで辛く痛みのせいで寝不足に陥り体調まで優れなくなったのです。

それでも、医師の治療と薬、リハビリの先生に教えてもらった体操などで辛抱強く続け、自分自信でも身体のケアを身につけてからはひどい時と比べると随分と良くなりました。

今では椎間板に圧がかからないようストレッチをしたり温めたり、予防するすべを身につけられています。 初めはとても辛い坐骨神経痛ですが、いつか和らぐ日が来ることを信じて治療することが大切です。

 

やっぱり私が今思っているのは川崎市の座骨神経痛でインターネットで探したことでした。どうにかしてこの痛みをなんとかしたいと思ってほんと鍼灸から整体、整形外科までいろいろと調べてよかったです。

 

おかげでいい先生にも出会えてし、座骨神経痛を改善してくれるいいストレッチ方法を見つけられました。ほんと当時はこんなに楽になるとは思ってもいませんでしたからね(笑)

この年は中途半場なポジション

最近仕事で悩みを抱えている。

 

仕事で40歳になると、仕事もバリバリできる年代。ポジションによっては管理職であったり、管理職一歩手前の人が多いでしょう。

 

悩みはそのポジションにあります。

課長になってからは管理職的なこともしなくてはいけませんし、現場、部下のフォローも行わなくてはいけません。

上司のことばかり気にしてばかりもダメだし、かと言って部下ばかしもダメ…どちらかに比重を高くするとどちらからクレームが入る。板挟み状態になっていったいどっちをやればいいのかわからなくなる時があります。

権限をいっそ全て欲しいのですが、それは上司が許さない。上司の権限委譲をしてもらいたいのだが、それは上司が許さない。自分のポジションを守るためにせこいプライドが働いているためです。

じゃぁ上司がやってくれればいいかと仕事をお願いするとそれは君に仕事だと言って丸投げ状態で俺に渡す。

自分がやっていないのに上司の仕事のようにして仕事をする。とても納得がいかないがこれもサラリーマンなので仕方がないと納得させるしかなく歯がゆい思いをしています。

大きい会社になり組織と仕事がばらばらな状態で現場は混乱しているところで上司は自分の保身のことばかりを考えているようで、その下で働くことに怒りすら覚える時がある。

かと言って、今から転職なんて…ましてや独立…なんてなかなかそんな思い切ったこともできない…

そんな悩みを抱えているこの5月です。

 

憂さ晴らしに今月末にどこかに釣りにでも行って気分転換してこようと思います。

ゲームクリエイターになりたい

私も一時期ゲームクリエイターなどゲームに関わる仕事をしたいと考える時期がありました。

幼稚園児だった頃からファミコンに触れ、この世でゲームが一番好きでした。小学生の時はゲーム好きがきっかけで友達ができたこともありました。

その時は漠然とゲームに触れていたのでいつか面白いゲームを作りたいなという程度の想いを持っていたことがあります。

高校に入って将来のことを考えたときゲームが好きな私はゲーム業界に入るということもありなのではないかと思っていました。

そんな私がゲーム業界への進路を諦めた問題は意識的なところにあると考えます。当時、専門学校のオープンキャンパスに行ったのですがそこに集まってきた連中は私以上そして子ども以上にゲームに熱くなるようなやつらばかりでこれは勝てないなと悟ってやめました。

わたしとしてはゲームのお仕事に携わる際に最低限必要な考え方が二つあります。

まずは本人が大人にもなってゲームをするのかということです。私の周りには40歳手前になってもスマートフォンのゲームにハマっている人が多く、やはりこの年代は思っている以上にゲームが身の回りに浸透しているのだと実感しました。

ちなみに僕もこのタイプで、40歳を過ぎてもゲームをしていて複数のアプリを登録して遊んでいたものの、やはり飽きがきて徐々にそのゲームに触れる時間が減り、最終的には全くしなくるという繰り返しです。

私は他の連中を見て思ったのとあとは親にも反対され夢を諦めることになりました。

本来は子どものやりたいことを摘んではいけませんが、この場合は実家を出て生活を維持しながら通わないといけないため、ハードルが上がってしまうリスクがあったんです。

この生活を捨ててまでのこの業界に入りたいかと考えた時に維持できなければという思いがよぎったので諦めました。

とにかくゲーム業界にいくにしろどんな業界にいくにしろやっぱり後悔しないようにしっかりと将来・方向性を決めて選択をするのがいいのではないでしょうか。

 

ゲームクリエイターになるための参考サイトはこちら

合宿免許に行ったら特技の音楽で注目の的に…!

私は、大学2年の夏に鳥取県の免許合宿に参加しました。

もともと友達2人で行くつもりだったのですが、お互いの予定が合わず、結局一人で行くことになりました。2週間もの長い間一人で過ごすには絶対に暇になるだろうと思ったので、私は大学で習い始めたサックスを持って行くことにしました。大学のサークルでサックスを吹いているので、どうせ暇だったら練習しようと思ったためです。サックスを背負って合宿所にたどり着くと、早々に職員の方から「何持ってるの?」と聞かれ、「サックスですよ」と答えると、「へ?また聞かせてね!」と言われました。

その時は特に何も思わず聞き流していました。

合宿所に持ってきたのは練習するためで、人前で吹くためではなかったからです。しかし、その後事態が急変します。運転も慣れてきて、もうすぐ仮免が取れそうという頃、合宿所内でお祭りのような学校内でのイベントがあるとのことを職員から聞かされました。

合宿に来ている人達が集まって、出し物をしたり、談笑をしたりするイベントでした。私は二つ返事で参加しますと言ったのですが、なぜかそこでサックスを吹くように頼まれてしまったのです。全力で断ろうとしたのですが、私がサックスを持って来ていることはいつのまにか他の人たちにも知れ渡っており、断れない雰囲気になってしまいました。

どうせ、この人たちとは2週間ばかりでお別れだから恥をかいても全然いいやって思うようにしてサックスを演奏することにしました。

結局2曲ほど演奏したのですが、その場にいた人達は皆暖かい拍手で迎えてくれて、とても楽しく吹くことができました。このことがきっかけで友達もできたし、教習所のスタッフの方とも仲良くできたので今思えばいい思い出になりましたね。

合宿所ではただ運転するだけだろうと思っていましたが、思わぬところで注目の的にとなり、恥ずかしくも楽しい合宿になりました。

無理矢理買い替えをするよりその場は凌いで経済事情の優先を

釣りが大好きな38歳サラリーマン!週末には釣りをしにいろいろなところに出かけています。

今年も釣り三昧で行きたいと思います。

 

大好きだったクロダイ釣りも近隣の海の海水温低下と共に本格的なシーズンオフとなり、フィールドに出なくなる代わりに忙しくなるのがこれまで酷使してきたタックルやウェアのメンテナンス。
当然それらの中には長年酷使を続けて耐用年数もギリギリに差し掛かり、あちこちガタが出て来て買い替えが迫られる用具もあるものです。
よりもよってあまりお金が無い時というのに、今回買い替えの必要性に迫られたのは最も値段の高いスピニングリール。信頼性や耐久性を考慮し、フラッグシップモデルとまではいかないものの、それなりのグレードのモデルを代々使い続けてきただけに、今回その延長線上で同程度のグレードの新モデルに買い替えるとなると、余裕で4万円近く飛んでいってしまいます・・

そこが結構悩みどころで、シーズンオフを理由に決して焦らず、お金に余裕が出てくるであろう初夏のシーズンイン頃を待って購入すべきか、あるいは多少強引でも割引率の高い新年から春にかけてのセール時に購入すべきか迷ってしまうのです。

冷静になって考えれば、全く出番の無いシーズンオフに買ってもその間は意味が無く、その間に使えた筈の自由なお金が完全に束縛され消えてしまうというリスクに換えるべきではないと気付くもの。

ですが所詮は趣味の世界ですから、買い替えと決まれば少しでも早く新品・ニューモデルの製品をこの手にし見てみたいという欲求は耐え難い程に大きく膨らんでしまい、余計に悩みを加速化させてしまうのです。

ただ幸いな事に、セカンドかつバックアップ用に常に用意していたタックルのリールは依然健在であり、この1台をシーズンイン直後まで何とかやりくりすれば凌げるだろうという希望的な考えを持つ事が出来ました。こちらはそれほど酷使している訳でも無く、シーズンイン直後の2ヶ月程度ならかなり頻繁な釣行でもこなしてくれるに違い無いと踏んだのです。

このおかげで気持ちにもゆとりが出て、即買い替えの無理は冒さなくても欲望を押さえ付ける事が出来ました。確かに心苦しい事は確かですが、その分自由になった数万円は自動車の税金を始め各所への転用が可能となり、多少なりとも私の経済事情改善に効果を発揮してくれたのです。