名古屋出張ついでに名古屋城近くにある金シャチ横丁に行ってきました。

こんにちは!

久しぶりの投稿です。

最近は、仕事が忙しくてなかなか釣りにも行けなくてイライラがマックスになりつつあります。

春になるとイワシやアジいったものも釣れるようになってメジナなんかも釣れそうですね。早く海に行って釣りをしてきたいところです。

そんな感じでしたが、先日名古屋の方に仕事で出張に行ってきました。

 

先方の会社に挨拶をしてきて、少し打ち合わせでしたが、ほんの数時間で終わり。

 

どこか食べるところはないかと探していたところ最近、名古屋城近くに金シャチ横丁なるものができたとネットを検索していたら出てきたのでさっそく行ってきました。

名古屋といえば、味噌カツ、手羽先、味噌うどんなどが食べたいところですね。そんなお店がモロあるところが金シャチ横丁でしたね。

 

私でも知っている山本総本家、矢場とん、ひつまぶしといったTHE名古屋のお店ばかりでした。

 

店舗もあまりなく、イメージとしては三重の伊勢にあるおかげ横丁の少し小さいぐらいかなと思っていたのですが、想像以上に小さいですね。そんなことを思いながら、一度も食べたことがなかった矢場とんを食べて帰ってきました。

食べた感想としては、味噌カツもありなのかなと思いました。

今度名古屋に来た時には、小倉トーストなるものを食べてみたいと思います。

新聞屋さんのちょっと変わったアルバイトを初めた。

今会社で働きながら朝だけ新聞屋さんで働いています。周りの人にそれをいうと大体「朝配ってるの?」といわれるのですが、私の場合はちょっと違います。

私がしている仕事は電話当番、つまり配達するのではなく配達後の事務所の当番をしながら不配(配達漏れ)の連絡があったときだけ配達するというものです。

これが結構恵まれた仕事で、本来は配達員さんが交代で行う仕事のようなのですが私の場合はその仕事だけの募集を見つけたため申し込んでみたところ一発で採用してもらえました。

事務所で作業することも基本的になく、電話がかからなければ本当に作業がないのでタブレットPCをもってきて公認で副業をさせてもらったりで過ごしています。朝早起きをして事務所にいればお給料が頂ける仕事なんて本当にないですし、とてもいい仕事を見つけたと思います。お店の代表にもよくして頂いているので、しばらくはこの仕事を続けて貯金をしようと思っています。

本業の仕事とも無理なく平行できているのでとても助かっています。

これで少しでも貯金ができればどこか釣りをまた楽しむ事ができるのかななんて思っています。

今の時代は副業も大事だと思っています。効率的に時間を使ってお金を稼ぐってことをしないと自分の趣味に没頭できないですからね。

とりあえずは、できる限り続けてみたいと思います。

佐久島にメバル・アイナメ・カサゴの釣り行ってきました。

こんにちは!

久しぶりに釣り仲間と佐久島まで釣りに出かけてきました。

佐久島の船着場までは、名古屋からだと約1時間ぐらいでつくぐらいの近さです。ずっと釣りにいきたいと思っていたんですが今月は忙しくてなかなか行けなくて、やっと時間ができたので友人を誘って釣りにきました。

朝の7時30分に名古屋を出て9時30分のフェリーにのっていざ佐久島に!!

 

この日は、天気はいいものの風が強くて寒かったのです。

今回の釣りのポイントは東口のフェリー乗り場付近に!

堤防があったおかげで寒さも気にすることなく釣りを楽しむことができました。

 

この11月、12月の時期の佐久島はメバル・アイナメ・カサゴなどがつれるようで、岩場近くにポイントがあるということで岩虫をエサに頑張ってきました。

20分待ってもまったく気配がなし・・・・

近くにいるおじちゃんは朝から来ていたようでもうすでにアイナメを10匹ぐらいつっていました。

結局、2時間過ぎてもフグの小さいものしか釣れず・・・・ちょっと諦めムード。

 

あまりにも釣れないので地元のおじさんにポイントを聞いたら、フェリー乗り場の下にクロダイが釣れるよと情報をゲット!!さっそく針を垂らして探ってみるものの当たりもなし。おじさんいはくけっこう黒鯛が釣れるみたいで、大きいと40cm級もつれたみたいです。

 

なんだかんだいって5時間ぐらい経って連れたのは小さいカサゴが2匹…小さすぎたのでリリースしました。

 

せっかく佐久島まできたけど、帰りのフェリーの時間を考えるとここらへんが限界…、諦めて帰り支度。ほんとは大量に魚を入れて帰る保冷箱も軽いままで帰ることになりました。

来年またリベンジに帰ってきたいと思っています。

 

でも、久しぶりの釣りやっぱり楽しかったですね(笑)

 

不眠症で睡眠外来まで考えていたことがある。

40代が近づいてきて深刻な悩みが出来てしまいました。

それが不眠です。

20代のころは夜はどこでも寝れるということが自慢なほど睡眠に関してはなにも問題もなかったのですが、ある日を境に不眠症になってしまったのです。
「なんで急に?」
と思った私は、ネットで不眠の原因について色々調べてみましたがこれといった体の原因は特定できませんでしたが
「もしやこれか?」
と思い当たったのが、心因性ものです。
心因性は極度なストレスを感じたりすると寝れなくなるようで…

極度なストレスを感じること…と我を振り返った時に真っ先に思いついたのが仕事のことでした。

職場で役職が就いたのですが、それから部下と上司の間で常に板挟みの状態で心身共に疲弊していたのです。

職場でのストレスが原因で不眠になってしまうなんて本当に情けない話ですが、今はなるべくストレスを感じないように努力をしています。そのためにも睡眠の改善を図らなくてはといろいろと試しています。

アロマを買ったりサプリメントを買ったりといろいろ試して見たんですが、なかなか自分にあうものが見つからずかなり苦労をしていました。最終的には睡眠外来を受けにいこうと考えていたのですが、結局は他の方法で改善することができたのです。

たまたま調べていたら出てきたのですがすごく参考になりました。

そのサイトは⇒こちらです。

ぜひ参考にしてみて実践してみるとよく眠ることができるかもしれませんね。

中間管理職って本当に大変なんだんと感じているアラフォーおじさんのつぶやきでした…

板取川で渓流釣りに!ついでにモネの池に行ってきた。

今日は休みだったので岐阜県関市にある板取川まで行って渓流釣に行ってきました。

朝8時頃自宅をでて高速を使って約1時間30分ぐらい到着!

板取川はアユやアマゴ、イワナが釣れる川だけあってやっぱり水は綺麗ですね。

10時頃から釣りを開始!

 

んーなかなか釣れない…

 

30分ぐらい竿をあげさげしていたら根がかりに…

 

車に戻って再び仕掛けを作りに行きました。たまたまあった釣り人仲間と雑談を、そしたら下流は釣れるよとのアドバイスをもらったのでそのまま下流へ!

 

再びスタートしたものの全く釣れず…

 

周りの釣り人はけっこう釣れているのになー

 

結局4時間ぐらいやってみたもののボウズだったので、せっかく関市に来たので観光してみようと検索をしたら一時期ブームになったモネの池が近いということで行ってみることに!

行ってみたものの人が多い!一時のブームじゃなくまだ続いているんだ!!

 

一応近くまで行って見て、池をパシャリ!

まったくモネの池にならない…

まーでもこんなものかと思いながら、近くを一周してき帰宅しました。

 

それにしてもモネの池人がすごかったな。駐車場なんかは警備員がいるほどでしたから!!

 

でも、これもひとつの記念にはなったかな。

 

今回の板取はボウズだったので次回いつかまたリベンジしたいと思います。

入社して10年目の頃に水虫になりました。

以前は、営業をしていたので外回りが多く大変な毎日を過ごしていたときに水虫になりました。

入社して10年目の頃に足指の間から水虫になり、足の裏まで広がってしました。

 

発症したのは、冬場の年末の追い込みの時でした。毎日家に帰ってくるのは10時とか11時になる毎日で、お風呂はシャワーでさっと浴びる程度ですぐに寝るという生活を続けていました。

まさか自分が水虫になると夢にも思っていなかったので、シャワーで汗を流すだけの日も続いていたときに、足がちょっと痒くて、皮が剥けるなと思っていた時に発症したと思います。

 

そこからは、完全に治るまで4ヶ月程度はかかりました。最初は、薬局で水虫の薬を買って使っていましたが、なかなか改善することはありませんでした。周りの人に言わずに治すことができればと思っていましたがなかなかうまくはいきません。

 

そこで、名古屋市水虫で調べて、見つけた近くの病院に行くことに、病院では2週間に1回は液体窒素で焼いたりするので、結構痛みがあります。薬もステロイドの強い薬を1日数回塗らないといけないので、会社でも結構大変です。痒さで集中できないこともあったりするので、早く治すことをおすすめします。

 

何より気にしてしまうのが、人に移してしまうのではないかと思うことです。その時に付き合っていた彼女はお風呂のあとをすごく気にさせてしまいました。その時に申し訳ないなと思い、より早く治さないとと思いました。お風呂上がりの濡れていると一番いけないので、ドライヤーで乾燥をさせたり、皮が剥けているところを取ったりすることが大切です。お風呂で軽石で削ったりすることが大切です。

 

徐々に皮の剥ける量や痒みも減っていきいつの間にか治ってるという感じでした。

 

そこからは、足の裏をものすごく気にして洗うようになりましたし、疲れていても必ず足は洗うようになりました。足を清潔に保つようになりましたので、足の臭いもしなくなってきたので、良い経験ができたと思います。

清潔にしないと水虫になってしまうので、今後も気をつけていきたいと思います。

両親の老後とどう向き合って行くべきかっ!

釣りばかりしている道楽な私ですが最近こんなことを考える…

私も40歳を超え、両親も70歳過ぎになってきた。
まだ両親ともボケてはいないのですが、もしボケたらどうしていいのかそんなことを不安に思うことがあります。
姉が嫁いだ家の本家ではお義父さんはもう死んでしまったのですが、お義母さんがボケてしまい結局、介護施設に入れることに…姉は次男の嫁だったので、当事者ではなかったのですが聞いただけでも悲惨な話であると思いました。

 

義理のお兄さんは3人兄弟で男2人、女1人の3人兄弟だったのですが、長男はもちろんのこと他の2人も結局、ボケた母を引き取るとは言い出しませんでした。
確かにボケた老人の世話は想像を絶する、身内でも非常に大変なものなのですがそれにしてもみんな、自分の親に対して結局は薄情で自分の生活が一番大事なのであると認識しました。
私の父がちょうど1年前に、昏睡状態に陥り救急車を初めて呼ぶ事態となったのですが、そのときの経験からすると父がボケたらもの凄く大変であり、とても家族だけでは世話はできないと思いました。

私の母は父の母、つまり私のおばあちゃんがボケた時も血が繋がらないにもかかわらず嫁というだけで死ぬまで面倒を見たのです。

 

ですが悲惨で見ていられませんでしたし、自分の奥さんになる人にはそんなつらいことをさせたくないのですが、私も結婚したいですし悩みはつきませんっ!。

 

そんなことをふいに不安に思うことがあるのですが、まずは親を安心させるために結婚をしないとと考えるわけでもあります。けれど、40歳近くになってくるとなかなか出会いもなくなり、恋愛という縁遠くなったものさえめんどくさくなってしまっています。

 

釣りばかりではなく将来のことをもっと神経に考えなければと思う今日このごろです…

椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛

私は川崎市在住で当時はほんとに辛い思いをしていました。

 

もともと腰痛持ちの私…いつも腰をかばいながら仕事をしていて、とくにデスクワークを長時間しているとどうしても腰が痛くなったしまって辛い日々を過ごしていました。

だましだまし痛さを堪えていたんですが、椎間板ヘルニア発症時に坐骨神経痛が症状としてあらわれました。辛いのは、痛みが1箇所でないことと何をしていても断続的に痛みがとれないということ。
1箇所ではない、というのは、坐骨神経痛の場合原因は坐骨神経にあっても痛みがでるのはそこから下肢にかけて広範囲におよび、痛みと痺れ、それから感覚の麻痺があるということです。
痛みの種類もなんとも言い表しがたく、つーん、というかビリビリというか、医師に説明するのも難しかったです。

もうひとつ、何をしていても痛かった、というのが本当に辛かったです。

楽な姿勢を取っていいですよと言われても楽な姿勢がない。座っていても立っていても横になっていてもかがんでもとにかく痛かったです。

もちろん歩けません。

着替えるのも一苦労で、靴下は履けませんでした。お風呂、トイレ、何から何まで辛く痛みのせいで寝不足に陥り体調まで優れなくなったのです。

それでも、医師の治療と薬、リハビリの先生に教えてもらった体操などで辛抱強く続け、自分自信でも身体のケアを身につけてからはひどい時と比べると随分と良くなりました。

今では椎間板に圧がかからないようストレッチをしたり温めたり、予防するすべを身につけられています。 初めはとても辛い坐骨神経痛ですが、いつか和らぐ日が来ることを信じて治療することが大切です。

 

やっぱり私が今思っているのは川崎市の座骨神経痛でインターネットで探したことでした。どうにかしてこの痛みをなんとかしたいと思ってほんと鍼灸から整体、整形外科までいろいろと調べてよかったです。

 

おかげでいい先生にも出会えてし、座骨神経痛を改善してくれるいいストレッチ方法を見つけられました。ほんと当時はこんなに楽になるとは思ってもいませんでしたからね(笑)

この年は中途半場なポジション

最近仕事で悩みを抱えている。

 

仕事で40歳になると、仕事もバリバリできる年代。ポジションによっては管理職であったり、管理職一歩手前の人が多いでしょう。

 

悩みはそのポジションにあります。

課長になってからは管理職的なこともしなくてはいけませんし、現場、部下のフォローも行わなくてはいけません。

上司のことばかり気にしてばかりもダメだし、かと言って部下ばかしもダメ…どちらかに比重を高くするとどちらからクレームが入る。板挟み状態になっていったいどっちをやればいいのかわからなくなる時があります。

権限をいっそ全て欲しいのですが、それは上司が許さない。上司の権限委譲をしてもらいたいのだが、それは上司が許さない。自分のポジションを守るためにせこいプライドが働いているためです。

じゃぁ上司がやってくれればいいかと仕事をお願いするとそれは君に仕事だと言って丸投げ状態で俺に渡す。

自分がやっていないのに上司の仕事のようにして仕事をする。とても納得がいかないがこれもサラリーマンなので仕方がないと納得させるしかなく歯がゆい思いをしています。

大きい会社になり組織と仕事がばらばらな状態で現場は混乱しているところで上司は自分の保身のことばかりを考えているようで、その下で働くことに怒りすら覚える時がある。

かと言って、今から転職なんて…ましてや独立…なんてなかなかそんな思い切ったこともできない…

そんな悩みを抱えているこの5月です。

 

憂さ晴らしに今月末にどこかに釣りにでも行って気分転換してこようと思います。

ゲームクリエイターになりたい

私も一時期ゲームクリエイターなどゲームに関わる仕事をしたいと考える時期がありました。

幼稚園児だった頃からファミコンに触れ、この世でゲームが一番好きでした。小学生の時はゲーム好きがきっかけで友達ができたこともありました。

その時は漠然とゲームに触れていたのでいつか面白いゲームを作りたいなという程度の想いを持っていたことがあります。

高校に入って将来のことを考えたときゲームが好きな私はゲーム業界に入るということもありなのではないかと思っていました。

そんな私がゲーム業界への進路を諦めた問題は意識的なところにあると考えます。当時、専門学校のオープンキャンパスに行ったのですがそこに集まってきた連中は私以上そして子ども以上にゲームに熱くなるようなやつらばかりでこれは勝てないなと悟ってやめました。

わたしとしてはゲームのお仕事に携わる際に最低限必要な考え方が二つあります。

まずは本人が大人にもなってゲームをするのかということです。私の周りには40歳手前になってもスマートフォンのゲームにハマっている人が多く、やはりこの年代は思っている以上にゲームが身の回りに浸透しているのだと実感しました。

ちなみに僕もこのタイプで、40歳を過ぎてもゲームをしていて複数のアプリを登録して遊んでいたものの、やはり飽きがきて徐々にそのゲームに触れる時間が減り、最終的には全くしなくるという繰り返しです。

私は他の連中を見て思ったのとあとは親にも反対され夢を諦めることになりました。

本来は子どものやりたいことを摘んではいけませんが、この場合は実家を出て生活を維持しながら通わないといけないため、ハードルが上がってしまうリスクがあったんです。

この生活を捨ててまでのこの業界に入りたいかと考えた時に維持できなければという思いがよぎったので諦めました。

とにかくゲーム業界にいくにしろどんな業界にいくにしろやっぱり後悔しないようにしっかりと将来・方向性を決めて選択をするのがいいのではないでしょうか。